2019年10月31日
首里城焼失した喪失感は何なのか
首里城を焼失した喪失感、失望感、
寂しさ、侘しさは何なのか。
敗戦の時代に生まれていたわけでは
ありませんが、恐らく、終戦直後も、
似たような気持ちを抱いた方が、
当時は無数にいたと思います。
私だけでなく、多くの方から、普段、
連絡をくれないような方々からも、
「炎に包まれる首里城の映像を観て、
涙が出た」という切実な声を聞いた
一日でした。
それだけ、首里城の存在が、我が事として、
多くの方々に血肉化されていることの証明だと
思います。
寂しさ、侘しさは何なのか。
敗戦の時代に生まれていたわけでは
ありませんが、恐らく、終戦直後も、
似たような気持ちを抱いた方が、
当時は無数にいたと思います。
私だけでなく、多くの方から、普段、
連絡をくれないような方々からも、
「炎に包まれる首里城の映像を観て、
涙が出た」という切実な声を聞いた
一日でした。
それだけ、首里城の存在が、我が事として、
多くの方々に血肉化されていることの証明だと
思います。
Posted by 國場幸之助 at 23:17│Comments(0)
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