2009年09月01日
ウンケー
今日は、安謝橋に立ちました。
考えてみたら、本日はお盆の、ウンケー。
家族の絆、地域との絆、先祖への感謝、そして、未来への責任は、私の信条ですので、
親戚関係を中心にこの3日間は、お詫びと御礼廻りをします。
1970年の国政参加以来、自民党の議席がゼロになったのは初めてです。
沖縄から選出される国会議員は、保守も革新もバランスよく選出され、複雑怪奇な
沖縄の政治課題、社会問題を解決できる様々な立ち位置が必要だと思うのですが、
今回の結果は、結局、保守政党の存在意義とは何なのかと、考えさせられます。
基本的には、お盆のように、歴史、先祖、家族、伝統文化、次世代への責任などを重んじ、
人間の理性に対する懐疑心と、寛容の精神なのかな、という気がします。
これらの部分は、変えてはならない。
変えるべくは、
(1)人口減少、少子化、高齢社会、グローバルぜーションへの対応、
(2)経済成長、輸出主導型、パイの再分配を前提とした統治機構(特に、政治家と官僚の関係)のあり方、
(3)業界団体との関わりが、社会構造の変化に対応できていない、
(4)「政権交代」VS「責任力」というキャッチフレーズ対決で、魅力を欠いていた、
(5)なんといっても、無党派対策への意識、
は、劇的に変える必要性を感じます。
しかし、いずれにせよ、究極的には、「自民党への不満」VS「民主党への不安」の構図の中で、
変化を選択した有権者の心理に、自民党が答えることができなかった事に尽きる気がします。
この逆風の中でも勝ち上がっていく自民党の候補者はいたわけで、
力不足を改めて悔やまれます。
考えてみたら、本日はお盆の、ウンケー。
家族の絆、地域との絆、先祖への感謝、そして、未来への責任は、私の信条ですので、
親戚関係を中心にこの3日間は、お詫びと御礼廻りをします。
1970年の国政参加以来、自民党の議席がゼロになったのは初めてです。
沖縄から選出される国会議員は、保守も革新もバランスよく選出され、複雑怪奇な
沖縄の政治課題、社会問題を解決できる様々な立ち位置が必要だと思うのですが、
今回の結果は、結局、保守政党の存在意義とは何なのかと、考えさせられます。
基本的には、お盆のように、歴史、先祖、家族、伝統文化、次世代への責任などを重んじ、
人間の理性に対する懐疑心と、寛容の精神なのかな、という気がします。
これらの部分は、変えてはならない。
変えるべくは、
(1)人口減少、少子化、高齢社会、グローバルぜーションへの対応、
(2)経済成長、輸出主導型、パイの再分配を前提とした統治機構(特に、政治家と官僚の関係)のあり方、
(3)業界団体との関わりが、社会構造の変化に対応できていない、
(4)「政権交代」VS「責任力」というキャッチフレーズ対決で、魅力を欠いていた、
(5)なんといっても、無党派対策への意識、
は、劇的に変える必要性を感じます。
しかし、いずれにせよ、究極的には、「自民党への不満」VS「民主党への不安」の構図の中で、
変化を選択した有権者の心理に、自民党が答えることができなかった事に尽きる気がします。
この逆風の中でも勝ち上がっていく自民党の候補者はいたわけで、
力不足を改めて悔やまれます。
Posted by 國場幸之助 at 11:00│Comments(2)
この記事へのコメント
地元紙 琉球新報 コラム
金口木舌 (2009年8月31日)
沖縄の代表が戦後初めて国会の壇上に立ったのは1970年。沖縄返還協定や復帰関連法案の審議に沖縄の代表が参加しないのはおかしいという世論が、政府、自民党を動かした
▼70年11月に実施された国政参加選挙の結果、衆院議員5人、参院議員2人が当選。「7人の侍」と呼ばれた。このうち自民党所属衆院議員となった西銘順治、国場幸昌の両氏は、羽田孜氏、小沢一郎氏、渡部恒三氏、梶山静六氏、綿貫民輔氏ら69年初当選組と同期として扱われたという
▼小沢氏らは自民党を飛び出し、現在の民主党の要となり、今衆院選で自民党を破り政権交代を果たす。政治の世界は何が起きるか分からない
▼どんなに堅い板でも穴を開けることができるのが政治だといわれる。マックス・ウェーバーが言うように政治家は情熱、責任感、判断力を備え、いかなる事態にもくじけない胆力が必要だ
▼自民党の加藤紘一氏は、国会議員の胸に付いているバッジは、議員であることを誇るためのものではなく「超小型の集音マイク」のようなものだと書いている。それを使って地域の細かな音まで拾って歩くのが議員の仕事だという(「劇場政治の誤算」)
▼きょう、日本は世替わりを迎える。当選者は、国民の声をしっかりと国会に届け、今選挙を「21世紀の国政参加選挙」にしてほしい。
■かっての選挙に学んでください。私はずっと選挙の裏方をやってまましたが、選挙について無知では勝てません。
選挙参謀からも学んでください。
「橋爪寛一」さんの本も読んでください。
金口木舌 (2009年8月31日)
沖縄の代表が戦後初めて国会の壇上に立ったのは1970年。沖縄返還協定や復帰関連法案の審議に沖縄の代表が参加しないのはおかしいという世論が、政府、自民党を動かした
▼70年11月に実施された国政参加選挙の結果、衆院議員5人、参院議員2人が当選。「7人の侍」と呼ばれた。このうち自民党所属衆院議員となった西銘順治、国場幸昌の両氏は、羽田孜氏、小沢一郎氏、渡部恒三氏、梶山静六氏、綿貫民輔氏ら69年初当選組と同期として扱われたという
▼小沢氏らは自民党を飛び出し、現在の民主党の要となり、今衆院選で自民党を破り政権交代を果たす。政治の世界は何が起きるか分からない
▼どんなに堅い板でも穴を開けることができるのが政治だといわれる。マックス・ウェーバーが言うように政治家は情熱、責任感、判断力を備え、いかなる事態にもくじけない胆力が必要だ
▼自民党の加藤紘一氏は、国会議員の胸に付いているバッジは、議員であることを誇るためのものではなく「超小型の集音マイク」のようなものだと書いている。それを使って地域の細かな音まで拾って歩くのが議員の仕事だという(「劇場政治の誤算」)
▼きょう、日本は世替わりを迎える。当選者は、国民の声をしっかりと国会に届け、今選挙を「21世紀の国政参加選挙」にしてほしい。
■かっての選挙に学んでください。私はずっと選挙の裏方をやってまましたが、選挙について無知では勝てません。
選挙参謀からも学んでください。
「橋爪寛一」さんの本も読んでください。
Posted by 千之家 at 2009年09月01日 14:45
今回の結果は残念でしたが、国場さんの熱い思いはみんなに伝わっています。感動をありがとうございます♪ここからがスタートです!!
Posted by N・K(^0^) at 2009年09月01日 19:15
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
|
|
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。 |